鹿児島県中小企業団体中央会は、中小企業が1社では実現できない様々な課題について、連携組織を活用した経営革新・合理化を提案します。

株式会社 マルモ 相談役 大茂健二郎 氏

組合・企業インタビュー

「かつおぶし一筋」 魚をさばくのは人生最高の喜び

株式会社 マルモ 相談役 大茂健二郎 氏

 「光り輝く島」という意味をもつスリランカ。しかし4年前のスマトラ沖地震による津波の爪痕は深く、その輝きをまだ取り戻せないでいる。肉親を失った子供たちは、家族の生活を支えるために学校をやめて働かなければならない。「学校に行きたい。船舶免許を取って鰹漁の漁師になりたい」そう願う17歳の少年のために、包丁2本を携えて乗り込んだ男がいる。大茂健二郎、73歳。
 本号では、60年もの間、かつおぶし一筋に生きてきた株式会社マルモの相談役であり、鹿児島中国経済交流(協)理事長でもある大茂健二郎さんにお話いただいた。

スリランカの子供のSOSに応える

大茂健二郎

 「世界の子供がSOS! THE☆仕事人バンク マチャアキJAPAN」(朝日放送)という番組があります。生きるために苦難を強いられている子供たちに、日本の職人が匠の技を伝授し支援するのですが、73歳でも元気そうだということでテレビ局より声がかかり、スリランカに行ってきました。
 首都コロンボから12時間もバスに揺られていくカルムナイという町でしたが、現地に持っていったものは包丁と鰹節削り器だけ。道具は、転がっていたドラム缶を加工したり、薪代わりとして椰子の実を拾ってきたりで、全て現地にあるものを利用しました。魚はいいのが獲れるんですが、冷蔵庫も氷もないからすぐに傷んでしまう。魚を保存できれば漁に出る回数を減らすことができて、その分勉強ができる。獲れた魚を節にする方法を教えました。
 親を失い収入を得る道もない子供たちでしたが、みんな明るくてね。そんな状況を見たら「贅沢はできんなぁ」と思いましたよ。少年は、今もスリランカの田舎町で小魚を節にしているそうですが、学校に行く時間もできたようで嬉しいことです。


鰹節の中で生まれた男の丁稚小僧時代

 わたしは鰹節を作る会社の2代目です。小学5年生から魚をさばいていました。親父にがられながらね。大学は2年で中退し、東京の鰹節問屋でしばらく修業をしました。給料は4,000円。毎朝便所掃除もしましたよ。でも丁稚小僧は一度体験しておかないと一人前になれませんからね。その時代に、お客を知る大切さを学びました。「顔見知りになっておかんと売れんのだなぁ」と思いました。
 船にも乗りました。マグロやカツオ、サンマ、サバなどを獲りに、三陸沖からビキニ、マーシャルまで行っていました。船の生活は「板子一枚下は地獄」と言われる危険で過酷な世界です。20時間働いて4時間寝る。朝から晩まで魚を切って内臓を取り、休みもない・・・そんな生活でした。

厳しい条件をクリアしてウソをつかない商売をする

 24歳で枕崎の鰹節工場の社長になり、新しい取引先を開拓していきました。味の素、ヒガシマル、永谷園、錦松梅・・・。これらの会社の納入条件はとても厳しいもので、たとえば味の素などは水分のパーセンテージなど20項目に上る要求事項をクリアしないと返品になってしまいます。これらの会社とは30年以上の取引を続けていますが、その厳しい条件を乗り越えることが励みにもなるし、大手ですから銀行の信用度もぐっと上がりますね。
 昨年、花鰹の最大手と業界2位の業者の偽装問題がありました。鰹節の中でも、枯れ節はカビ培養と乾燥を2回以上繰り返したものとJASで定められているのですが、その条件を満たさずに枯れ節として売っていたり、焼津産を混ぜて枕崎産として売っていたり。マルモでは全て正しく表示をしています。「消費者にウソを言わない」ということはとても大事なことです。

第2の故郷 インドネシア

 インドネシアに工場進出して13年になります。今は円高だから恵まれた状況ですね。しかし習慣・風習の違う外国でやっていくのは並大抵のことではありません。失敗もありました。お役人の考え方も違いますしね。
 北スラウェシに華僑の作った5軒の工場があるんですが、ここの指導もしています。「安く売らないようにしよう。その代わり良いものを作ろう。一本一本精魂込めて」そんな思いで指導をしています。みんなが向上していけるように。
 毎年4回は現地に行くんです。わたしが行かないと気合が入らないというのもありますが、もう第2の故郷みたいなものですね。

中国人研修生とともに

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 臭い・汚い・危険・・・3Kと言われる産業には、なかなか日本の若者が入ってきてくれません。しかし伝統ある地場産業は引き継いでいかなければならない。そんな現場で頑張ってくれているのが中国人研修生です。
 わたしは鹿児島中国経済交流(協)で中国人研修生の世話をしていますが、今年の4月15日にも41名の研修生がやってきました。来日して24日間は、彼らに生活習慣や交通ルールなどを集中的に座学で教えます。日記も日本語で書かせるんですよ。その日記を4時間くらいかけて添削するんですが、故郷に置いてきた親の状況や本人の思いなどがとてもよくわかります。両親に対する感謝の思いは、日本の若者を遙かに上回っていると思いますね。彼らと関わっていくのは、苦労もするけど楽しい仕事です。


大好きな仕事でまだまだ現役!

 今も毎日魚をさばいています。魚をさばくのが人生最高の喜びです。人が喜んでくれることが大好きだから、これからもそういう仕事は買って出たいと思っています。継続は力なり。続けていくことが一番大事です。
 わたしの人生はまだまだこれから。10年20年と頑張っていきますよ。

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